Verschiedene Hinweise

miscellaneous notes.雑記

よかったのでざっくり書き起こし

金スマ男闘呼組特集が男闘呼組を知らない自分でも良かったと思ったのでざっくり書き起こし

前半

・昨年末中居療養中に男闘呼組4人からメッセージ動画届いてそれ見て中居は家で1人で泣いた

男闘呼組4人「元気になって本当に良かったよ。本気で中居のこと心配だったもん」

 


・デビューした年の男闘呼組の映像

高橋:俺たち仲良し4人組でーすっ!!

記者:喧嘩することはあるんですか?

成田:あるよ!しょっちゅう殴り合いだよ!(テンションがおかしい)

記者:なんかすごいノリなってきましたが…デビューしてこの1年どうですか

成田「よく人気が落ちないで頑張ってきたねー(テンションがおかしい)

岡本:…どうしたの?おまえ(成田のテンションに苦笑)えっ、ああ、すごい仕事してましたね。ええ。でもみんなのお陰です。

高橋:え"っ?!馬車馬みたいに働かされてたよ!!(爆笑)カメラマンも嫌々来てるんでしょ?

成田:色んな人にさ、愛されたいよ。

岡本:でもこのままの姿で愛されたいわけ。

高橋:(奇声)

岡本:こういう姿とかを嫌がらずにさ(笑)

 


VTR見た後

中居:昭次くんヤバいな(笑)

前田:今なら想像できない(笑)

中居:岡本くんは変わんないな

岡本:(高橋のコメント見て)ヒドイな…

高橋:ヒドイ!!!ヒドイ!!!!(笑)

岡本:態度悪いね…今見ると…。よく周りのスタッフがこれを許してくれたな…と思って…。

中居:多分昭次くんが1番恥ずかしいと思います

前田:あれはねぇ、やっちゃってたねなんか

成田:本当に態度悪すぎますよね…。申し訳ないです…。(落ち込む)

前田:昭次くんはだいぶ悔い改めましたよね

 

 

本編

 

男闘呼組活休後は岡本はジャニーズに残って舞台中心、高橋は映画やドラマで俳優、前田はローカルバラエティ

成田はソロでイベントなどで弾き語りとかをやっていたが14年前に芸能界引退して地元に戻り職探し。中学の同級生が大工をやっていたのでそこでしばらく働いてから

その流れで材木屋に就職するも全焼して倒産。

40代で再び就活の末大手の化学工場に就職して生活が安定し始める。

 


高橋:その間連絡先も変わってるし昭次が今どこで何をやってるのか誰も知らず色々調べても出て来ずメンバーは探し続けてた

成田:もうメンバーと連絡取ることもないんだろうな会えないんだろうなと思ってたし僕も会う勇気もなかった

 


岡本:自分は再結成をずっと願ってたとか思ってたとかは無かった。まぁ、無いんだろうなと。

高橋:やりたいという思いはあったけど無理だろうなと思ってた

前田:4人で集まってやろうとかって話は無かった。岡本はジャニーズさんにまだいらっしゃるし自由に動けないんじゃないの?って勝手にこっちが思ってた部分もある。

 


-なぜ成田と連絡が取れたのか。それは高橋が古い知人に偶然出会った時

知人:そういえば高橋くんって成田くんと連絡取ったりしてる?

高橋:連絡先も知らないし今どこで何やってるのかも分からないんだよ

知人:俺成田くんの連絡先知ってるけど…教えようか?これ昭次のアドレスなんだけど、昭次に連絡取ったら?

成田:一番最初は和也です

前田:その人を頼らないと探す術がない。その人が全員を知ってるってこと自体を知らなかったから

中居:なんて送ったんですか?

高橋:どこにいるの?電話してもいいの?とかは一切言わずに『昭次、和也だよ。元気?』それだけ打って。すごい気を遣いましたよね十数年全く連絡取れてないわけだから今どういう状況かは全く分からない。

1週間後ぐらいに『元気だよ。』って連絡来てメンバーにも「昭次から連絡来た!」って送ったら健一が「俺も連絡したい!」というから昭次に連絡先教えてもいいか聞いていいよってなって

岡本:まずは連絡が取れたことで安心しましたよ。ちゃんと生きてるんだな。生活してるんだな。って

成田:まさかメンバーから連絡が来るなんて思ってもなかったのでビックリしちゃって

喋るのとか苦手なのと文章考えるのにも時間かかっちゃったけど正直嬉しかったです。和也から…

 

 

 

-再始動に至るのはどういう経緯で、誰が言い出したのか

成田:また健一からメールが来て『男闘呼組をまた一緒に再始動するっていうのは昭次、どう思う?』って。

健一が再始動を切り出すことが1番びっくりしたんですよ。

 


-過去に何度か男闘呼組のセッションの話を持ちかけられたことがあったが岡本は断っていて消極的だった

 


高橋:俺も耕陽も、健一が再始動を言い出したのは意外だった。一番やりたくないんだろうなと思ってたから

岡本:活動休止後は自分のことで精一杯だったから

 


-ところが事態は急激に動き出す。

2019年5月男組の映画公開30周年イベントで岡本が成田から貰ったメッセージ(この映画懐かしいね。僕も大好きだよ。誇りに思ってます。というのをみんなによろしく伝えておいて)発表。

成田の近況が分かり喜んでるファンや号泣してるファンを見た岡本

 


岡本:活動休止っていうのがずっと引っかかってたというのはある。解散になってたら無かっただろうけど。

活動休止発表した際に決まってたツアーが全て中止になった。もしやるなら2023年が休止からちょうど30年だから何かあるなと思ってはいたんですけど。

(そして岡本から成田に再結成はどうか?とメール)

成田:本当に僕も真剣に考えて悩んで返信するのに1ヶ月かかってしまった。年齢も50になってて仕事も安定してきて、会社の社長から新しいプロジェクトの誘いもあり結構試験を受けたりとか勉強したりとか結構忙しかったです。

50過ぎて、どう考えても無理だなって。

男闘呼組に対しての情熱はずっとどこかにあってそれは決して消えないもの。

だけどそっちを見ないようにしていたわけじゃないけど一回そこを気になって見出してしまうと気になってしょうがなくなってきちゃいますよね。

だから僕はできないけど、健一と和也と耕陽で再結成してくれたら嬉しいなって。

(中居泣きそうな表情になる)

岡本:でも4人揃わないと意味がないから。ね。

高橋:昭次のギターと昭次の声があってこその男闘呼組だから。

岡本:でもその時実際にまだ会ってはいないんですよね。メールのやり取りのみで

 


-2019年もう一つ大きな出来事が。7月にジャニー喜多川が亡くなる。

成田:健一を通じてお別れ会の招待状がジャニーズ事務所から届き参列して帰り支度をしていたら

健一が『おーい!昭次!!!!』って来てくれて。彼は全然変わってないんですよ。こんな感じだったなって。普通に昔のままに戻って。

岡本:一瞬にして昔に戻った感じでした。あれが大きかった。(昭次は)変わってないじゃない。分からないじゃん27年ぶりの同窓会とか行くとみんな風貌の変化が。だからどうなってるのかな?と思ってたら。

その2〜3ヶ月後に(成田の地元で公演する)ミュージカルを観に来てくれて。

成田:そのひとつき前に耕陽とも2人で

岡本:そう。

前田:芝居見に行くからって、じゃあご飯行こうってなって。カラオケとか行くの?『会社の同僚と行ったりするよ』じゃあ行こうか!って

岡本:『先週耕陽来たんだよ。』ってじゃあ俺も行く!ってカラオケ行って男闘呼組の曲ばっかり入れたわけよ

中居:それ見たいなぁ〜!!!

前田:男闘呼組しか歌わせない!

岡本:どんな声してるんだろう?風貌はこのままで良い感じだけど

中居:おもしろいぃ〜!!!!(笑)

岡本:それで歌ったらめちゃめちゃ上手かったの!当時の歌よりも渋みが増しててこの歌声いけるかもしれない!って思っちゃって

中居:蓋をしてるのは勿体無いと

岡本:そうそう。みんなで一緒にスタジオに入りたい!!と思ったのよ。それで誘ったらいいよ!遊びだったら!ってノリで

高橋:2020年の8月4日。みんなでなんの曲やりたい?ってリストアップしてセトリを作って健一がライブやる気満々で

前田:それでグループLINEができた。男闘呼組の。

中居:昭次くんはその時まだ男闘呼組やろうとは言ってないですよね?

岡本:スタジオに入るのはOKになったよね

成田:それは遊びだからいいよって。

僕は緊張してるから朝早く起きて1時間前ぐらいにスタジオ入ってみんなのセッティングして。向こうから3人が『お〜い!昭次ー!』って来て感動しました

高橋:変わってなかった。抱き合いましたよ。うわー〜ー!って(笑)嬉しかったですね。

前田:29年も経ってると人って何かしら変わると思うんですよね。ところが昔もこうだったよなって。すごいフランクに4人で会えたことが1番嬉しいことでしたね。全然変わってなかったじゃん!みたいな

岡本:セッティングし始めてガチャガチャやってると昔スタジオ入ってた風景と変わってなくてなんか不思議な感じでした

成田:始まっちゃうとすぐあの頃に戻っちゃうのが不思議で懐かしいなぁ〜これだこれだ!と思って

 


高橋:いざ始まってみたらすごく上手くいったんですよ。あの4人だから出せる音色があって27年経ってもあるんですよね

岡本:あのリハーサル時点でこれは絶対に行けると思った。男闘呼組が再始動してコンサートしてるイメージがガッと来た

 

 

 

ジャニーさんのお墓参りに4人で車に乗って5時間喋り倒した。4人だけで5時間も過ごすなんて現役時代も無かった

途中3人はタバコ吸いに外に出て成田はタバコ吸わないから待ってたら3人である程度話がまとまってたりして

成田:3人の再始動やりたいね!って話とか聞いてて自分はどうしたらいいのかなって。

健一が『そうだよな昭次は会社あるもんな』って言って。その時は一旦そうだねってなって。

その後も健一から再結成の誘いが来るけど

ごめん何度も言うけど現実的じゃないんだ…って断って。無理だ無理だって言ってる自分も正直辛かった。

地元に戻ってからお世話になった人もたくさんいるし8年勤めた会社もあって新プロジェクトのお誘いもあるタイミングで簡単に決めることは出来なくて。

93年の活動休止についてはメンバー4人とも引っかかってる部分はずっとあったと思うのでそれを成し遂げないで別の人生を歩んでいくのもあったと思うんですけど

この先の人生のどこかで後悔したり悔いが残る…。

そこで会社の社長さんに実はこういう話になってて…と相談したら

今のままこの仕事を続けるのもいいしずっとやってきた音楽の仕事への気持ちがまだ残ってるのならそこに戻るのもいいんじゃないのかなと理解しくれて嬉しかったですね。

ずっと音楽から離れてて自信も無く自分に対しての負い目もあり自分が犯した過ちについてもそうだしそこの葛藤はありました。今でもそうですけど。

 


その後、今後の話をしようと言って岡本と成田の2人だけで東京で8時間くらい話した

もう一度一緒に音楽をやって欲しいと。成田自身も自分が音楽が好きなんだと再認識した

成田の会社の社長はみんなに良いように伝えてくれてみんなで応援してくれた

 


高橋:1年に1回ぐらいは男闘呼組の夢をずっと見てたんですよ。4人がもう1回集まってコンサートやるっていう

 


前田:29年ぶりに音を出して感じたことは、俺たちって家族なんだなって思えました。

 


成田:やってよかったなって今でこそ言える。50過ぎてもチャレンジができる、実現することができるんだなってことが

同世代の人たちにも僕らを見てやれるんだ!という気持ちを持ってくれたことはすごく嬉しいしありがたいことですよね。